30. 明建神社の社叢 (みょうけんじんじゃのしゃそう)
 明建神社(元妙見宮(みょうけんぐう))は、篠脇城主東氏代々の守護神妙見大菩薩を13世紀に下総国(しもうさのくに)からこの地へ勧請(かんじょう)したと伝える神社であり、東氏が八幡へ居城を移した後も、神社だけはこの地に残されたものである。そして、東氏の後継者遠藤氏からも崇敬(すうけい)をうけていた。
 この神社と共に社叢も繁茂して来たものと思われ、この東西両端に立っている杉の大木は推定樹齢800年におよぶといわれ、目通り周囲7〜8mくらいである。なお、横大門といわれる230m余の桜並木道は、篠脇城付の馬場跡(ばばあと)といわれている。
 本殿・拝殿の周囲および正面参道(縦大門)50mの両側には、目通周囲1m以上のスギ・ヒノキ・ケヤキなどの古木130本あまりが鬱蒼(うっそう)として茂り、横大門の100本余の桜は毎年春美しく開花している。そして、近年、秋にはこの桜並木の下にヒガンバナが燃えるように咲きでるようになった。